カテゴリー: 思いついたこと
エンジュクの社屋は、片道数車線あるような大きな道路同士が交わる交差点のすぐそばにあるのですが、最近、お昼時になると、どこかの弁当屋さんが、バイクで弁当をいくつか運んできて売っているのです。

大きな声で「弁当はどうですか~?」とは呼びかけているのですが、誰一人買っているところを見たことがありません。

こんな大きな道路で多くの車が走り、その排気ガスもかなりのものだと思うのですが、そんな環境の中に置かれた弁当がどれだけ売れるのだろうといつも疑問なのです。

売るほうとしては、大きな交差点で人通りも多いから、それなりの売り上げを見込んでいるのでしょうが、やはり買う側の心理状態を無視しているとしか思えません。

売る立場と買う立場、同じ人間であっても立場が違うと、なかなか相手の視線になることができないのだな、と思う今日この頃でした。
カテゴリー: 思いついたこと
「見えないものを見る」といっても、霊視するとか、未来を予言するといったことではありません。
「見えないものを理解する」といったほうが良いでしょうか。

見えるものというのは、表面に出てくるわかりやすいもの、例えば、人間の体に出てくる病気の症状であるとか、企業が外部に出す決算書のようなものです。

いずれもわかりやすいものです。

しかし、この目に見えるわかりやすいものだけを判断基準にしていると、理解を間違うことになります。

同じような病気の症状であっても、優秀な医者は違う病因だと判断します。
同じような決算書であっても、優秀なアナリストは業績の違いの要因を見つけます。

では優秀な経営者は、どんな見えないものを見なくてはいけないでしょうか?

外部的には、市況です。
今はどんな商品やサービスが売れているのか?自社の商品やサービスは受け入れられているのか?ライバルは何に力を入れているのか?といったことです。

内部的には、社内の雰囲気です。
社員は士気が高いか?気持ちよく仕事ができる雰囲気があるか?といったことです。

いずれも、画面に数値で出てくるような定量的なものではありません。
しかし、これを理解することこそが重要なことだと思います。
カテゴリー: 思いついたこと
長年経験を積んだトレーダーが決まって言うことがあります。

「感情のままトレードをすると絶対負けますよ」

と。

人気が出てきて株価が上がってくると、自分も乗り遅れまいと急いで買う。するとそこが天井。逆に、株価が急落して恐怖のあまり売ってしまうと、そこが底。

あるいは、利益は早く確定したいけれども、損を現実にしたくなくて見て見ぬ振りをする。

そういった行動が、知らず知らずのうちに負けトレーダーの原因を作っている。

確かに全くその通りだと思うのです。マーケットというものは、いくら祈ろうと、いくらお願いしようと、それが伝わることは無いからです。自分の感情をぶつけてみても、それによって自分の資産の状況が変わることは全く無いのです。

トレードをしばらく続けていると、マーケットはこれほど非情だとわかるのです。そこで、多くのトレーダーは、感情に流されてしまわないように、自分なりの規律やルールを作っています。その規律やルールに従っている限りは、いくら自分の感情がそれとは逆方向に向いているとしても、勝つことができるのです。

この話は、ひとつ示唆するものがあります。

自分の感情のままに行動する、例えば好きなことはいくらでもするけど、面倒だったり嫌なことは全くしない。
そういう行動が、将来的にはいろんな部分で弊害をもたらすことは容易に想像できるのですが、そういった行動を企業が助長している部分があるのではないかと。

企業は、消費者にウケが良いように、消費者の感情を満足させる商品やサービスを作り続けます。そういった商品やサービスは、消費者に受け入れられ、そしてますます企業はそれらを作り続けます。

しかし、「ウケがいいもの」=「ためになるもの」ではないはずです。

今は感情的に受け入れられないものであっても、本質的にとか、将来的にはその人のためになるものは多いような気がします。

消費者にウケるものを作っていれば、短期的には売上げが上がるでしょうが、長期的なスパンで見たり、ものごとの本質を理解できる人から見れば、ためになるものを提供している企業のほうが、より価値は高いと判断されるでしょう。
カテゴリー: 思いついたこと
先日、「閾値」という言葉を調べる必要があったのですが、ウィキぺディアによると、

「しきい値(しきいち)、あるいは閾値(いきち)(独: Threshold, Schwelle, 英: threshold, limen)とは、境目となる値のこと。」

http://ja.wikipedia.org/wiki/閾値 より

とのことなのですが、同ページによると、「閾」という文字は日本ではあまり馴染みがないそうです。

これは、日本ではものごとの違いをあまりはっきりさせない(境目を作らない)ことの表れなのでしょうか?

深読みでしょうかね?
カテゴリー: 思いついたこと
2002年の規制緩和以来、タクシーの数は増え続けているそうです。

「規制緩和」という名の下、タクシー業界へ新しい企業が参入しやすくなり、また既存の企業も増車することが容易になったわけです。

閉鎖的だといわれていたタクシー業界を開放することで市場原理が働き、その結果、質の良いタクシー会社だけが残り、そしてタクシー運転手の待遇も改善されるはずでした。

しかし現実は違ったようです。競争原理が働かず、需要以上にタクシーの数が増え、その結果、運転手の賃金も少なくなっているそうです。

そこで、タクシーの数を減らすために、再び規制を行うということになりました。

すべきことは、なぜ市場原理が働かなかったかを追及することで、その原因に対して規制をする(必要であれば)べきなのです。規制をする対象を間違っているのです。

このままでは、2002年の規制緩和前に戻ってしまいます。当時なぜ規制緩和をする必要があったかを今一度考えてみる必要があります。

再規制という、この行政の対応はどこかずれている気がします。

日雇い派遣の問題にしてもそうです。

確かにグッドウィルは違法な派遣をしていたかもしれませんが、「違法な日雇い派遣」の問題を解決するのは、「日雇い派遣サービスの禁止」ではなく、「違法な日雇い派遣業者を取り締まる制度」のはずです。

日雇い派遣というサービスは社会的に有用なものです。
変動の激しい労働力を必要とする企業と、時間に縛られたくない労働者をうまくマッチングするサービスで、利用している企業も労働者もたくさんいて価値のあるものなのですから、これがなくなると、多かれ少なかれ経済活動が停滞するのは目に見えています。

日本政府は、本当に経済状況を良くしようとしているのかどうか、疑わしくなってきます。
問題の本質が見えていないようでなりません。

日本という国は、ある意味、大きな企業のようなものです。
政府が経営者で、国民は社員。

経営者がリーダーシップを発揮し、経営上の問題を見つけ、しかるべき対応をしないと経営が立ち行かなくなるように、政府には日本という企業をうまくコントロールし、永続させていく責任があるのです。

はたして今の政府に、日本という企業を経営していくだけの能力があるでしょうか?

一般の企業であれば、経営者を交代させるのはそれほど難しいことではありませんが...

08/01: この一年

カテゴリー: やっぱりビジネス
エンジュクに入ってもう一年になります。

もうと言うか、まだと言うか、見方はそれぞれではありますが、一年前と比べると、いろんな面で成長してきているのを実感しています。

売上げや社員数といった会社の規模、そしてビジネスモデルが変わってきていることは前のエントリーにも書いたのですが、他の会社からの信頼の程度も変わってきています。

主な収益源であるセミナー事業では、その結果に満足していただいた証拠に、再び依頼があることが多くなってきました。そして以前より規模の大きい依頼となってきています。

今までやったことの無い規模の依頼ですが、それはエンジュクヘの信用の証として捉えています。
カテゴリー: やっぱりビジネス
去年の今頃から較べると、会社の規模はずいぶん大きくなってきています。社員数、売上げ共にです。
だんだんと大きくなってきているのが実感できるのですが、それに伴ってビジネスモデルも変えていく必要が出てきました。

2人や3人のときには収益性があったビジネスモデルでも、10人程度の規模となると不十分なのです。一人当たりの売上げを大きく伸ばすためには、労働集約型のモデルでは限界があります。

そこでエンジュクではここ1年でいくつかのサイトを立ち上げ、また社内的にもITを活用することで人手による作業を省き、より少ない人数でより大きな生産性を目指しています。

理想は、全く手をかけなくても売上げが上がる仕組み。ほっておいてもチャリンチャリンとお金が入ってくるようなものです。

今は、全く手をかけないとはいかないまでも、それに近いことができつつあります。

「投資活動」というものは、それこそ資本集約型の典型的なものですが、エンジュクのビジネスモデル自体もそれと同じ方向を目指します。
カテゴリー: 技術的に言いたい!
GoogleやYahoo!はWebページ検索の大手ではあるけれども、検索技術そのものとしては、文字列のマッチングに過ぎない。

「エンジュク」というキーワードで検索しようとするならば、「エンジュク」という文字がWebページに存在するかしないか、で結果が決まってくる。

でもこの方式だと、「黄色い帽子」を探そうとするときに、「黄色 帽子」で検索すると、「黄色い服と赤い帽子」のページがヒットする。

これはユーザーが本当に必要とするページではなく、あまり使い心地のいいものではない。

そこで出てきたのがセマンティック検索技術。

マイクロソフト、セマンティック検索のPowerset買収を正式発表


既存の検索技術には停滞感があるけれども、早く次世代技術として出てきてほしいものです。
カテゴリー: 思いついたこと
少し前のものですが、こんな記事を見つけました。

自民党「移民1000万人受け入れ」の実現性

少子高齢化問題の抜本的な対策ということですが、この考えには個人的には賛成です。

この記事が示すように企業の問題や、他には教育水準から来るモラルの問題など、クリアしなければならないことは多いでしょうが、子供をたくさん持つことに対して大きな動機付けが無い今の日本では、外国人を呼び込むしか手っ取り早い方法は無いでしょう。

どんどんとやっていって欲しいものです。

しかし、彼らの役割は労働力の源というだけではありません。
この記事にはありませんが、他にも大きなメリットがあると思っています。

それは、日本特有の非効率性の問題が解決されるのではないかということです。

これはよく言われることですが、日本人は単一民族ということもあり、長い間同じ価値観、同じ文化の中で過ごしてきました。

これはこれで良い面もありますが、ものごとが進化する過程では、異質なものをどんどんと取り入れていかなければなりません。

ダーウィンの進化論ではありませんが、進化の過程では、異質なもの(時には別の個体であったり、違う環境であったり)を取り入れ(あるいは適応し)て、今の環境に適応するようになったはずです。

このことは、今の日本で非効率な部分を排除する要因になるのではないかと思うのです。

移民が持ち込んでくる文化、価値観、考え方、慣習に、日本のそれがさらされることで、世界には受け入れられない日本の非効率な部分が削り取られていくのではないかと。

そうすれば、日本の常識は世界の常識に近づいていくことでしょう。

カテゴリー: 思いついたこと
ちょっと過激なタイトルの本ですが、最近読み始めました。

マダム・ホーという、20代で1億円を作った女性の投資家が書いた本です。
投資というものを世界的な視点で見比べることのできる立場にあったことで、日本人の投資に対する姿勢というものがあからさまに書かれています。

貯蓄が大好きな日本人に対して、欧米では投資(あるいは不労所得)に重点を置いているということを、あらためて認識させられる本です。

ここで、日本人が受ける投資教育というものに焦点が当たることになるのですが、それは当社の商材である教育用DVDやセミナーの売れ具合からも判断することができます。

もっぱら売れているものは、目先の利益を追求したものが多く、長期にわたって資産を少しずつ増やしていくという本来の意味の投資とは異なるものなのです。

もちろん当社の利益は追求すべきで、商材が多く売れることは歓迎すべきことなのですが、その売れ方が偏りすぎていることに危惧を抱いています。

当社のビジョンである、本来の意味の投資教育が、日本ではまだまだできていないことに、当社の力不足を感じると同時に、今後の大きな課題としたいと思います。